占星術洋書レヴュー#05:Joseph Crane"Astrological Roots: The Hellenistic Legacy"

  • 2018.02.17 Saturday
  • 05:00

たとえば、かつてマーク・エドモンド・ジョーンズが述べた、「占星術は現在(=レヴュアー注: 1978年時点)の劇的な様相をなすに至りましたが、それに至る総ての物語を書き記した人物はいません/古典占星術の重要人物といえばおそらく17世紀のウィリアム・リリー、以降はラファエル六世…」(※1)といった、数千年以上に亘る占星術の歴史が綿密には語られない、あるいは語られるにしてもわずか数人の「著名」「偉大」とされる人物の功績のみの概要程度で丸め簡略化された程度でしか述べられる事はない、といったような事態は、1980年に始まる(※2)欧米での古典占星術復興運動を経、21世紀の今日ではより綿密に語られる形へと改められるに至りつつあるようですし、また上述運動勃発から38年を経た2018年現在の今日における上記復興・研究の成果は目覚ましいものがあるようにレヴュアーには見受けられます。

 

古代ギリシャ、ヘレニスティック占星術にかんする教科書である本書は、著者ジョセフ・クレーンがかつてプロジェクト・ハインドサイトのロバート・シュミットやロバート・ハンドらの許で学んだ直後にリリースなさった前作"A Practical Guide to Traditional Astrology"(ARHAT 1997、レヴュアーの所持しているものは2007年版)で垣間見られました、学びの感激に裏打ちされ(?)てか、幾分ドライヴ感のあった文章(だからこそ、読み進めるこちらにもその感激が伝わってきた、という良さもあったのかもしれません)とは異なり、ヘレニスティック占星術師、実践家としての著者の円熟味が加味されたであろう事もあってか、すっかり上記ドライヴ感は緩和され、それと引き換えに43ものチャートを用いての解説文章では説得力がより増しているようにレヴュアーには映りました。

 

ロバート・ゾラーや上記ハンド、あるいはジョン・リー・レーマンの図書もそうですが、クレーンの本書も実践レヴェルでのテクニックが要領よく簡潔にまとめられているのが最大の魅力でしょう。アンソニー・ルイスのホラリー図書同様、いにしえの古典占星術家達の執筆図書文章・叡智のエッセンスが著者自身の検証作業(=大変な労力!!)をも経、まとめられている感が大いにあるのが何よりも嬉しい、というのがあります…ただ、より厳密に申せば、上記古典占星術記載事項の数々も学ぶ私達一人ひとりが自身で検証するのがベストではあるものとレヴュアーは常々考えておりますけども。

 

(ホール・)サイン・ハウス・システム−著者も、古典占星術復興以前には歴史に埋もれたかのように見られ、それゆえに占星術家達に留意される事が稀となっていたこのハウス・システムが、アルカビティウス、レジオモオンタナス、プラシーダスなど人口に膾炙したクワドラント・システム同様、実践レヴェルで利用するハウス・システムとなり得るものと知り、以降利用頻度ならびにそれに対する信頼度もゆっくり、ゆっくりと上がって行った事を本書で綴っておられます。

 

セクトやトリプリシティ・ルーラーの多用、ロット(パーツ)の応用、現代占星術と異なる天体・アスペクトの考え方…後半230ページから始まる未来予知についてもたとえばプロフェクション(クラウディウス・プトレマイオス(プトレミー、100〜178)が述べた手法以外にヴェッティウス・ヴァレンズ(120〜175)が提示した手法の有効性をも紹介(※3))などは現代占星術ではお目にかかれない項目でもありますが、目に見えて明らかな技術次元での現代占星術との相違のみならず、それ以前に重要なのはひょっとしたら古代ギリシャの世界観や哲学を理解することなのかもしれません(※4)。たとえば巻末文献リストにある、アリストテレスの"Soul"にかんする書などを前もって読み臨めば、本書の理解はなおスムーズに進むのかもしれないとレヴュアーは思ったものです(レヴュアーいわく、"soul(魂)"の語ひとつを取っても、21世紀現代の日本人が用いる「魂」の意味とはまったく、100%同じではないのかもしれません(※5))。

 

ホロスコープを扱った古典占星術(≒古代ギリシャからアラブ、中世ラテン、17世紀までの占星術を網羅したもの)のなかでもヘレニスティック期のそれにかんする研究に限っていえば、ドロセウス・オヴ・シドン(75〜???)"Carmen Astrologicum"やジュリウス・ファーミカス(285〜360)"Mathesis"の英完訳(それぞれベンジャミン・ダイクス、ジェームス・ホールデンによる)図書の刊行があったり、2017年には若き気鋭のヘレニスティック占星術師クリス・ブレナンの図書"Hellenistic Astrology"(Amor Fati Publications 2017)がリリースされたりと、研究の成果は上述通り顕著であり、今後の成果はより楽しみでもありますが、それら文献・最新研究書への足掛かりとしても本書はとてもふさわしい一冊と言えるでしょう。

 

 

※1…Marc Edmund Jones"Fundamentals of Number Significance"(SABIAN PUBLISHING SOCIETY 1978)、p.65参照。ジョーンズの図書が、占星術の歴史を述べることを主眼としている訳ではないことを承知のうえでレヴュアーは引用しています。

 

※2…John Lee Lehman"Classical Astrology for Modern Living: From Ptolemy to Psychology & Back Again"(Schiffer 1996)、p.10参照。 ここで著者ジョン・リー・レーマンはロバート・ゾラーの処女作"The Arabic Parts: The Lost Key to Prediction"(Inner Traditions 1980、レヴュアーamazon.co.jpでレヴュー済み)が世に出たことで、古典占星術復興はその端緒、きっかけを得た(launch)と明言なさっています。左記図書出版の5年後、オリヴィア・バークレー、パトリック・カリー、ジェフリー・コーネリアスら英国の著名占星術家がウィリアム・リリー"Christian Astrology"(Regulus 1985)ファクシミリ版出版を手掛けた事で、古典占星術復興運動は一気に加速したものとレヴュアーは推測致しますが、序でに申せば1970年代、1960年代…と時代を遡ることにより、なぜ1980年以降の英米占星術界において古典占星術が復興したのかが見えてくる、というのもあるかもしれないとレヴュアーは考えます。また上述本文につき厳密に申せば、占星術の歴史を「綿密に語る人物」が居なかった訳ではないですが、それら人物の多くは「学者」である場合が多く、ジョーンズのような占星術師、実践家はごく少数であったものとレヴュアーは考えます。とは申せ、占星術の歴史研究についてはまだまだ課題があまたあるもようで、それらについてはNicholas Campion"A History of Western Astrology Volume I: The Ancient World"(continuum 2008)第1章参照。

 

※3…ヘレニスティック占星術での実践レヴェルでの技術を後世に伝えた、という意味で最も重要な人物はヴェッティウス・ヴァレンズがその代表格、という説があります(21世紀前半時点)。プトレミーはそもそも占星術の実践家ではなかったという説も存在し、たとえばベンソン・ボブリックは「プトレミーの"Tetrabiblos"は古典占星術において最も重要なテキストではあるものの、ある意味不十分なものである」とし、2世紀のアレキサンドリアで占星術学校運営に携わってもいたヴァレンズの著書"Anthology"全9巻の方がより完全なもの(※6)であるとしています。実践という枠に囚われず、天文学・哲学をも踏まえた、より広範な視点から鑑み後世に影響を与えた、という意味ではもちろん"Tetrabiblos"が最も重要な著書でしょう。

 

※4…Robert Zoller"Tools & Techniques of the Medieval Astrologer Book One"(New Library Limited 2004, 1st Edition 1981)、"Preface to First Edition"参照。

 

※5…プトレミーの占星術にたいする、アリストテレス哲学からの影響についてはGeorge Noonan"Classical Scientific Astrology"(AFA 1984)参照。

 

※6…Benson Bobrick"The Fated Sky - Astrology in History"(SIMON & SCHUSTER PAPERBACKS 2005、レヴュアーamazon.co.jpでレヴュー済み)、p.54〜56参照。また國分秀星「プトレマイオスの占星術」http://www.kokubu.com/astrology/ptolemy.htmならびにJames Hershel Holden"A History of Horoscopic Astrology"(AFA 1996)、p.147も参照。

東京奥多摩・御岳山小旅行記

  • 2018.01.21 Sunday
  • 05:00

おはようございます。

 

今回は去る1月7日(日)に行ってまいりました、東京奥多摩・御岳山小旅行について書きます。

 

朝5時出発、東京・立川駅青梅線ホームに着いたのが6時半頃。青梅線電車(=扉開閉は押ボタン式)車窓からの景色は東青梅駅あたりから山景色に変わりました。電車もこの駅あたりから単線になったように記憶しています。

 

 

 

7時半頃御嶽駅到着、ここから登山ショップで予め購入・用意していたニット帽を被りましたが、旅を終え振り返った今でもこれは買っておいて良かった〜、と思えるスグレ物なのでございます、頭部の熱を逃さない。

 

これとインナー上下(「厳寒対応」)を登山ショップで購入しましたが、総て高価だったけどMVP、マン・オヴ・ザ・マッチ級の働きをしてくれました。一方で、予算不足ゆえコンビニで購入したもの(=日頃のジョギング用)で済ませ用意した手袋は要をなさず、自身の首周りに押し当て暖を取っていた方がマシな程でした。ちなみにこの日の朝9時の御岳山(頂上付近)の気温は気象予測数値計算値によりますと-1℃でした。

 

多摩川上流御岳渓谷

 

歩き始めて間もなく、同じ御岳山(標高929m)を目指していると思われる方々をどんどん抜いてゆく自分を「ペース配分を知らぬ愚か者なのでないか」と戒めスロー・ダウンしたつもりなのですが、それでも速足の方だったと思います。まぁ、御岳山に連なる山々等もありますから、目的地じたいが私のそれと違っていたのかもしれません。

 

御岳登山鉄道(ケーブルカー)の滝本駅に着くまでのアップの道が早くもキツい。「滝本駅駐車場まであと500m」の表示にある「500m」が先に思える、平坦な道だと500mか、ていうようなものなのだろうけども。

 

滝本駅以降の登山に入ってから、勾配は更にキツい。そのかわり発汗により体温が上がり手の冷えが気にならなくなりました。登山道の半分を過ぎたあたりから勾配が比較的緩やかになりましたが、かわりにまた手が寒くなりました。持っていた手袋が自然と暖かくなっていたので再度装着。でも今考えれば、この道は舗装されているものなので楽な方だったのかもしれません。

 

登山道とケーブルカーとが交差の地点にて

 

ケーブルカー御岳山駅方面との合流地点で追いつきました、ご年配の方が話しかけて来られたので以降、御嶽神社までご一緒の旅とさせて頂き、参拝もご一緒頂きました。奥多摩地域の山々の登山に相当慣れ親しんだお方で、奥多摩の山々や民俗に因む楽しいお話をたくさん拝聴できました、ありがとうございました!!

 

青梅では毛筆が盛んだった、と上述ご年配の方から伺いました

 

 

 

 

誰もいない、広々とした展望台に出た時、思わず♪"Walkin' beside her..."(The Beatles"Every Little Thing")と口ずさんだ自分に笑ってしまう。高校時代、ビートルズの曲を鼻歌として歌うことを習慣としていたゆえであろう、今でも時々気分が高揚した際などでそれらが口を突いて出てくる(どの曲が出てくるかは本人も予測不可能)事があるが、ここではなぜか"Every Little Thing"、しかもジョンが歌った公式テイクでなく、ポールがリハーサルで歌ったテイク(=キーが高いヴァージョン)の歌い方だったな、笑(以上はビートル・マニアの独り言です)。

 

 

上掲画像では小さすぎて判別できませんが、雪に覆われた群馬県の山々、茨城県の筑波山、東京タワー、スカイ・ツリー、太平洋そして広々とした関東平野全体も綺麗に見えていました、I was happy to be there!!

 

御岳山に連なる大岳山(=3.9卆茵砲泙蚤を伸ばせば、富士山など西方の山々をも望む事が可能なのですけども、今回は体力・準備共不足ゆえ断念。下山で上半身の体重が両足の付け根にかかるのが、登り以上にキツかったです。帰りの青梅線では座ってしまいました。

 

ちなみに翌日から三日間程、太腿(特に四頭筋など前の部分)から足首にかけ筋肉痛となり、あれだけ(=栄養剤一本、エネルギー・ジェル×2個、りんご一個、おにぎり(十六穀米30gプラス白米半合)一個、栗羊羹、奥多摩おでんそば一杯、帰宅後普通に夕食、食後にチョコもなかアイス一個)食べたにかかわらず体重は2垳困任靴拭

 

 

帰りの立川駅では奥多摩おでんそばを頂きました。小学校時代はお小遣いを貯め一年で二、三度食べるのがやっとの一品でした−当時は260円位だったと記憶していますが今は410円です。あの頃ほどの感動はもはや堪能できない、と判っていながらまたもや頂いた格好になります、ごちそうさまでした!!

 

15時半頃帰宅しました。また山に登ることができれば、今度は手袋も登山ショップで購入・用意し臨みたいと思っています。

 

占星術洋書レヴュー#04: John Lee Lehman"Classical Solar Returns"

  • 2018.01.13 Saturday
  • 05:00

未来予知の手法の一つである、ソーラー・リターンが論じられた図書(スチファー社、2012年刊)。

 

序言では、ソーラー・リターン・チャート作成の際、場所は出生地、現住所、ソーラー・リターン時点で居る場所、いずれを用いるか、また数ある未来予知技術のなかで、信頼のおけるものはいずれなのか、などについて述べられています(その過程で著者ジョン・リー・レーマンは本文脚注で"traditional(伝来の)"ならびに"classical(古典の、伝統的な)"、二つの語を「交換できるように(interchangeably)」用いていることを私達読者に注意を促しています)。

 

第1章はソーラー・リターンの歴史について。以下、レヴュアーなりに要点を箇条書きで列挙いたしますと、

・古代ギリシャ、ヘレニスティック時代にソーラー・リターン(=17世紀まではレヴォリューション(=回転)・チャートと呼ばれていました)という技法は存在したか、について。

 

・アラブ世界で占星術が隆盛した時代(=8〜10世紀)はどうであったか。ここで著者はソーラー・リターン同様、年運を推し測る未来予知技術であるプロフェクションとの比較をも論じています。

 

・中世ラテン時代、ならびにモダン(と著者は書かれていますが、ジロラモ・カルダーノ(1501〜1576)やウィリアム・リリー(1602〜1681)らの説が紹介されているので16、17世紀を指すようです)、18〜19世紀はどうであったか。

 

・20世紀に活躍した、ソーラー・リターンを論じた著書を有する占星術家達(例: マリー・シェア。シェアのソーラー・リターン本はamazon.co.jpでレヴュアーレヴュー済み)の意見はどうであったか。

 

以上はネイタル・チャート上の太陽・月・水星の三天体を乙女サインに有する著書ならではの鋭い問題提起、ならびにそれらに対する鋭い突っ込みが(いつもながら)読み応えがあるとレヴュアーは考えます。

 

第2章からはケース・スタディを用いてのチャート・リーディングに入ります。第3章は恋愛・結婚ならびに人間関係について。

 

著者のソーラー・リターン・チャート解釈手法の特徴の概要を以下に述べますと、

・ハウス・システムはレジオモンタナス・ハウス・システムを採用。

 

・ソーラー・リターン・チャートのみでの解釈ならびにネイタル・チャートとの比較、二重円を踏まえての解釈、双方を行う。

 

・ジョン・ガドバリー(1627〜1704)らのアフォリスム(箴言)を箇条書きで挙げ、留意。なお著者は左記アフォリスムなどいにしえの先達の言葉を現代の私達の時代・文化のコンテキスト(文脈)に変換し活かすことをも忘れていません。

 

・チャートでの目立った配置(例: アングルに乗る天体、ネイタル・チャートの天体にアスペクトする天体、水星・金星はネイタル・チャートでのそれらと同じサインにあるか否か、etc)を列挙。

 

・各天体のディグニティに留意。レーマンの場合、トリプリシティを獲得しているか否かにつき(他占星術家に比し)特別視なさるのは旧著"Essential Dignities"(Schiffer 1989、レヴュアーamazon.co.jpでレヴュー済み)以来変わりません。

 

全章を通じネイタル、リターン双方を合わせ130ものチャートが収録され、かつ著者の解釈が付されているのは圧巻。レヴュアーなどは著者の解釈(=古典占星術ベース)を拝読しつつ、自身なり(=現代占星術ベース)にもそれらを読みいわばチャート読みの練習として利用もさせてもらいました、また今後もさせてもらうでしょう。

 

仕事・金銭をテーマとした第4章冒頭では、「仕事をする必要がないのであれば、わざわざ一所懸命働く道を選ぶだろうか」なる疑問を持ち出し、まずはどんな仕事であれ労働に対する情熱ありきなのでないか、それによりどれだけの稼ぎが生み出せるか否かでないか、だがあいにく伝来の(=traditional)占星術(ここではグイド・ボナティ(1210〜1296)、リリー、ガドバリーの説が具体例として述べられているので13〜17世紀か)に於いては、それら労働ならびにそれらに対する情熱とが互いに絡み合わされるさまがトピックとして論じられた形跡は見出せなかったとし、上記時代における労働、価値交換の手段としての財産(=土地)・金銭などに対する考え方、社会条件についての歴史を理解する必要がある旨が2ページに亘り論じられたうえで冒頭「仕事とは」という疑問に戻り、占星術的考察に入っています。

 

著者の上掲「一般的にこのように見なされている〇〇は、果たしてそうか」と疑問に思い検証して見せよう、なる姿勢はたとえば"Classical Astrology for Modern Living"(Schiffer 1996)で古代ギリシャ、ヘレニスティック占星術において有効な技法とされていたセクト(Sect)がボナティ、リリー、ガドバリー、ジョン・パートリッジ(1644〜1715)と徐々に時代が下るにつれ、有効とは見なされなくなっていったという歴史的事実が存在する事に疑問を持ち、左記先達のセクトに対する評価のいずれに妥当性があるのか、なる提言を起こし、かのゴーグラン夫妻の研究成果であるゴーグラン・セクター(Sector)ならびにそれに基づく著者自身による検証結果(文章・グラフ・表)までをも持ち出し論じなさった事などをも思い出せば至極当然といえるものとレヴュアーは考えますけども、本書ではセクトなど占星術での技法のみならず、より大きなテーマ(仕事・金銭)そのものにまでメスを入れておられる、という事ですね。

 

ここではジョン・ガドバリーの箴言の多くで第2ハウスのみならず第1ハウスが重要視されていることに着眼、一本目のケース・スタディ(=宇宙飛行士バズ・オルドリン)でさっそくガドバリーの箴言の検証を含めてのリーディングに入っていますが、レヴュアーとしては紙面も限られているかもしれないこの場面でなぜ上記ガドバリーの箴言を著者がわざわざ出してきたか、その動機の方にもフォーカスしつつ読み進めるというのもありかと存じます。

 

What may perhaps be the most surprising about these aphorisms is Gadbury's reliance on the Ascendant with respect to financial gain or loss. Clearly, it's not enough to have things working in the 2nd if the Ascendant is afflicted. (p. 91)

 

(意訳)これまで述べてきた(ガドバリーの)箴言について、恐らく私達にとって最も驚きに値するかもしれないのは、ソーラー・リターン・チャートで財産の増減を読む際、ガドバリーがアセンダントに重きを置いていることです。アセンダントがハード・アスペクトなどで損じられていた場合、第2ハウスで働いている象意を受け取ることが充分とはなり得ない、という彼のロジックは至るところで明白です。

 

レヴュアーいわく、この章のみならず、いずれの章、いずれのテーマ(恋愛・結婚、人間関係、リロケーション、学業、名誉を得ること、健康問題、人生の転換の年、本人ならびに肉親など親密な人々の死)においても上述テーマそのものに対する洞察→先達の意見のなかで着眼なさったアフォリスムなどの提示→膨大な知識に支えられつつ自身の経験・実践に基づくケース・スタディ検証(=レヴュアーいわく、ホラリー占星術に対するアンソニー・ルイスの姿勢を思い出す)→先達の言葉に対する賛否をも含めての結論・まとめという流れでまとめられていますが、著者が発するチャート解釈上の言葉の数々の中には、ちょうどレーマンがガドバリーらの箴言を語ったように、今後占星術を学ぶであろう21世紀の学徒に語り継がれるのでないか、と思われるものもあるとレヴュアーは考えます−が箴言になり得る知識以上に重要なのはもちろん「ネイタルならびにソーラー・リターン・チャート一つひとつをじっくり読む」こと、チャートを読むことは箴言やパターン化したマニュアルのみでは充分でない場合もある事を、研究のみならず実践占星術師でもある著者は熟知なさっているでしょう、この点についても読み応えがあるものとレヴュアーは考えます。

 

第12章はレーマンが「これまでテーマごとに論じてきましたが、それが本書の目的という訳ではない」(p. 216)と称し一人物(フランクリン・ルーズベルト)の人生のうち41年分のソーラー・リターン・チャートをひたすら読み続ける圧巻の章(全67ページ!!)。ソーラー・リターン・チャート一つひとつのみならず、それらが連続体として織りなすストーリー、人生の流れにまで言及なさっています。第13章は総まとめ。

 

充実の巻末付録は用語集、エッセンシャル・ディグニティ表、カルダーノ、ジャン=バティースト・モラン(1583〜1656)、ガドバリー三者の箴言の要点をまとめた表、用いられた総てのチャートでの配置(例: 太陽が第1ハウスにある、etc)のインデックスなど。

占星術洋書レヴュー#03 Garry Phillipson"Astrology in the Year Zero"

  • 2017.12.16 Saturday
  • 05:00

ギャリー・フィリプソンのインタヴュー記事の素晴らしさは、占星術雑誌"The Mountain Astrologer"誌収録記事などとして、レヴュアーはいくつも拝読し承知しているのですけども、本書は1996〜2000年の間になされた33のインタヴューが、インタヴューの件数ごとでなく著者が掲げた12のテーマごとにソート分けされ編集がなされたうえで、それらテーマにたいする著者の意見までもが述べられた一冊。

 

表紙をめくってすぐのページに収録された、ヘレン・ハウのレヴュー文(="The Astrological Journal"誌に収録されたもの)にある、「厳密な調査に裏付けられた12のテーマごとの章一つひとつは、あたかもテレビのドキュメンタリー番組のよう」というのは、レヴュアーにとってもしっくりくる秀逸な表現であると考えます。出版はフレアー・パブリケーションズ、すなわち2010年代の欧米占星術を牽引なさっている占星術家の一人、フランク・クリフォード主宰の出版社(2000年刊)。

 

レヴュアーいわく、A・Tマン編著"The Future of Astrology"(Unwin Hyman 1988、レヴュアーamazon.co.jpにてレヴュー済み、「占星術の未来」というテーマについての、14人の占星術家のエッセイを収録)やラファエル・ナサー編著"Under One Sky"(Seven Paws Press 2004、レヴュアーamazon.co.jpでレヴュー済み、一つのネイタル・チャートについての、12人の占星術師のチャート・リーディングを収録)などと同様、列挙された複数の人々の考え方を比較する(=天秤サインにとっての「物事の理解の仕方(=松村潔先生によれば、各サインの数え09゚ がこれを表す)」を象徴する天秤サイン数え09゚ 、複数の巨匠達の作品を横に並べる、アートギャラリーにかけられた三人の巨匠の度数を思い出す)楽しみを有する著書、という意味では本書も同様であり、さしずめ33人のインタヴューが収録されている事を「33人の作品が並べられている」と考えても良いとレヴュアーは考えます。上述通り、本書は上記「巨匠達の作品」ごとに収録されているという形はとっていませんけども(上掲"The Mountain〜"誌などで、インタヴューごとに読むこともレヴュアーとしては大いにお薦めではございます)。

 

上記「アート・ギャラリー」に掲げられた、総勢33名の占星術家はベルナディッド・ブレイディ、ニコラス・キャンピオン、ジェフリー・コーネリアス、ロバート・ハンド、リー・レーマン、グレアム・トービン、ノエル・ティル、ロバート・ゾラーら錚々たるもの。彼らの言葉はもちろん、それらをフィリプソンがどのようにデコレートの上「ギャラリーに掲げ」なさるのか、というのが本書の読みどころでしょう。

 

フィリプソンのインタヴュー記事の秀逸さはロバート・ハンドへのインタヴュー記事を一例として挙げれば、フィリプソンがハンドの著書・雑誌掲載記事など読み得るものは可能な限り目を通し、ハンドから最高の回答を引き出すために最善を尽くしておられるようにレヴュアーには映りました。インタヴューされているハンドはあたかも痒い所にすぐさま手を差し伸べてもらっていることもあってでしょう、答える言葉に躍動感、生々しさがみなぎっていたようにレヴュアーは記憶しています。相手を熟知、とまではゆかずともそれに近いコンディションづくりをなさったうえでインタヴューに臨んでおられるという事ですね(ハンドのように、インタヴューでの(読者からすれば嬉しい)饒舌ぶりが氏の著書での理路整然かつ、平易な(語彙が用いられた)文体と大いなる相違、コントラストをなしている占星術家もいるのを読者は楽しむことができる、というのもあると思います、レヴュアーなどは上記事例によりハンドに対する印象が変わった部分もございます)。

 

本文はフィリプソンならびに回答なさる占星術家、両者のあいだでのやりとりと、インタヴュー以外の著者自身の言葉と、それぞれフォントを変え収録されているので両者を識別し読みやすい、というのもあります。

 

第1章「二種類の驚き("amazement")」は著者のまえがきのような内容。占星術家たちがインタヴューで提示した問題や、様々な意見を正確に読者向けに提示しようと努めてきたし、そうすることで読者が自身なりの結論を思い描くであろうとも考えた、一方著者自身は占星術家たちの発言に対しなんら意見を持たない、などと振る舞えば読者にはぶざまに映るかもしれないとしたうえで、にもかかわらず自身が直面した上記占星術家たちのものの見方一つひとつがいかに強靭なものであるかを読者に提示するには、自身の意見を脇に置く方がより効果的である事、ならびにその理由説明をなさるのです。

 

第2章「占星術に興味を持つこと」は、スコットランドで育ったというクリスティーン・スキナーの、幼少時代のある晩、妖精ブラウニーに連れ添うように父親と一緒に散歩した際、「天体や恒星が地球上の私達に影響を与えると考える人もいるんだ。(長い沈黙)…さっき言ったことはお母さんには内緒だよ」と告げられたエピソードから始まります。スキナーが実際、占星術の世界にどのように入ってゆくのかについては第4章で触れる、と著者は述べ、直後デニス・エルウェルの同じ質問への回答へと注意を移しておられます。

 

インタヴューに答えている占星術家同士は、互いに何を著者から聞かれどう答えたか知る由もないであろうにかかわらず、互いの回答が何かリンクしているように見えるのもおもしろい−これを著者は「ある占星術家の言葉から他の占星術家の言葉へとエコーがなされたよう」と表現なさっていますが、著者のテーマ設定ならびに引用の仕方・繋ぎ方・編集の仕方などが読者にそう映るようにさせ(魅了し)ているというのもあるでしょう。それは一人の占星術家のインタヴュー一本を丸ごと読む(のも上述通り、すばらしいのですけども)のとは別の醍醐味であり、また占星術家なら誰しも考えていそうなテーマなどをも著者が熟知なさっている、というのもあるかもしれません。

 

第5章「個人的は仕事」は、コンサルテーションが有する三つの基本フォーマットが.曠蹈好魁璽廚了ち主の特徴分析("Character analysis")、¬ね萢獣痢↓F団蠅亮遡笋紡个垢訶え、の三つであろう、としたうえで始まります、最初に紹介される回答者はノエル・ティル。ティルの場合上述、ハンドと異なりインタヴューでの話し言葉と著書での文体との間の相違、ギャップは少な目というか、あまり無いようにレヴュアーには映りました。

 

第8章「占星術における疑惑("doubt")」ならびに第12章「占星術とはなにか、科学か魔術か」の二つの章はたとえば運命と自由意思、占星術と宗教・魔術・科学など、占星術に携わっている限り、論争のテーマともなり得る事象に焦点が充てられていますが、欧米の占星術家は占星術家同士のみならず、科学者や宗教家など他職業に携わる人々とディベート、すなわち議論する機会も多いようで、そこで占星術家としての自身の立場をロジカルかつ明確に表明するためにしっかりとした意見を持つ(=結果的に占星術家としての成長にも繋がる)ための緊張がある、とある識者が述べておられた(とレヴュアーは記憶している)のを思い出しました。

占星術洋書レヴュー#02: Robert Hand"Essays on Astrology"

  • 2017.11.18 Saturday
  • 05:00

ロバート・ハンドが占星術雑誌に発表なさった記事、占星術講座でお話しなさった講義を文字起こしした文章など13編がまとめられた一冊でウィットフォード・プレス社より1982年刊。13にわたる「占星術のエッセイ」は多岐にわたります。

 

第1章、最初に収録されたエッセイ(=1972年、すなわちハンド29歳時点での作品)のテーマは月相で、月のサイクルを論じたディーン・ルディアの名著"The Lunation Cycle"(Aurora Press 1967、レヴュアーamazon.co.jpでレヴュー済み)に氏が出会う前に書かれたものなのだそう。

 

この第1章の冒頭、ならびに第8章、人間の成長にかかわる危機が論じられたエッセイ冒頭文章の二つは、あたかもそのルディアが書いた文章(ルディア節!)を読んでいるかのよう。ハンドも1970年代時点で活躍なさっていた多くの占星術家同様、ルディアの影響を大いに受けておられたのだな、と思わず微笑んでしまうほどです。ちなみにハンドはヘルメス・トリスメギストゥス(???〜???、古代ギリシャ時代)に始まる、過去の占星術師達に対する自身のオマージュ動画(2014年)のなかで、19世紀末以降に活躍した占星術師としてはこのルディアにのみオマージュを捧げていました。

 

第3章、水星にかんするエッセイ、ならびに第4章「マレフィック(天体)を巧みに扱う」エッセイは、氏の名著"Horoscope Symbols"(Schiffer 1981、レヴュアーamazon.co.jpでレヴュー済み)でのサイン、天体、アスペクト、ハウスについての深く鋭い洞察の数々が蘇ってくるかのようで、読んでいてぐいぐい引き込まれてしまうほど。たとえばトランシットの土星についての件りでは、それがネイタル・チャートの天体や感受点に対しアスペクトを取る際は「気分が良い」ということはまずない、というのはなるほどもっともであろうし自身もそれを楽しむということはないが、としたうえで、

 

...but I have to acknowledge that growth and knowledge come about through Saturn. Some people enjoy being taught hard lessons, other people don't, but that is not the intrinsic problem with Saturn. The intrinsic problem is that it makes you think that it is real. You lose perspective and any account of where you are. (p.42)

 

(意訳)ですが、成長する事ならびに己れを知る事の二つは土星を通じてやってくる、というのも認めざるをえないでしょう。厳しいレッスンを受けることを楽しむ人もいれば、そうでない人もいます。ですがそれは土星にかんしての本質的な問題ではりません。土星にかんしての本質的な問題はすなわち、受け入れるべき現実がどのようなものであるかがわかるということです。私達は将来の見通しや前途、そして自身の立場の根拠を(一旦は)失うのです。

 

ちなみに氏のネイタル土星は双子サイン数え09゚ にあり、松村潔先生はこの度数を「最も鋭い知性」を表す度数、と呼んでおられますが、PCが普及する以前の段階での占星術ソフトの開発から古典・現代占星術、双方の統合をなし得る数少ない存在と呼ばれる事に至るまで、占星術という巨大な知恵の宝庫において膨大な貢献をなしてこられたハンドは左記、松村潔先生の説を身をもって証明なさっている人物の一人だな、とレヴュアーは常々考えております。

 

第11章は、古代ギリシャ、ヘレニスティック占星術などでおなじみのドデカテモリーがテーマ。マーカス・マニリウス(15〜???)、クラウディウス・プトレマイオス(プトレミー、100〜178)、ジュリウス・ファーミカス(285〜360)といった、1970〜1980年代時点で英訳図書で読み得た、古代占星術著者の文章が引用文章として動員され論じられていますが、本書刊行の約10年後、1990年代にはハンド自らラテン語やギリシャ語を学んだうえで上記プトレミー、ヴェッティウス・ヴァレンズ(120〜175)、マシャアラー(740〜815)、グイド・ボナティ(1210〜1296)、ヨハン・ショナー(1477〜1547)など、占星術史に残る「巨人」達が著した原典等文献翻訳に取り組みなさることになろうとは、このエッセイ執筆時点でのハンド自身も思いも寄らなかったかもしれません。

 

第13章、歳差運動についてのエッセイは占星術雑誌"The Mountain Astrologer"2014年10/11月号(第177号)で、約30数年の時を隔てての秀逸な続編"The Precession of the Capricorn Solstice & the Importance of 2017"がリリースされたのが記憶に新しいです。

 

多くの占星術図書、学術図書の引用ならびにそれらに対する氏の考察を読み進めていると、著者が執筆なさっていた1970〜1980年代という時代の占星術界の流れや歴史がうかがえる処も本書ならではの愉しみ、とレヴュアーは思います。

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